2011年9月3日土曜日

23年9月3日(土)自分の言葉で語る






・ 午前9時の段階で大阪は「暴風警報が発令」されていた。本校の内規に従って本日は臨時休校とした。全教職員は通常通り出勤してくれていた。当たり前であるが立派なことである。生徒の休校日であって教職員は出勤して貰わねばならない。
・ ただ9時から教職員は手分けして学校内を見回り戸締り等を確認したら私は「有給取得をして早期の帰宅」を奨励した。午前10時の段階でも風も雨も無く落ち着いた天気で台風が来ているとは考えられないような天気であった。

・ 生徒は誰1人居ないから学校は静かなものだ。こういうのを見ていると「学校と言うのは生徒が居てなんぼの世界」と言う気がする。やはり学校は生徒でにぎわっているのが良い。私など特に大きく、多くて、にぎやかな方が好きだから特別にそのように感じる。
・ 昨日から「多聞尚学館」で学習合宿をしている高校3年生の数学特訓を激励すべく私は学校車を運転して向かった。金剛山もまったく普通の状態でなんていうことは無かった。生徒には「学校は休校とした。君らはじっくりここで勉強せよ」と話した。大分3年生の目の色が変ってきたが私に言わせれば「その気になるのが遅い!」と言いたい。


・ 昨日夕方私が学校を出た後、某テレビ局から私宛のインタビュー申し込みがあったそうだ。今朝副校長から報告を受けた。「夕方のニュースで放映予定。校長先生の学校での様子、大阪維新の会、教職員条例案などについてインタビューしたい」との内容であったと言う。

・ 申し訳けないことであるがお断りするよう言った。私は私立高校に来て以来、あらゆる取材申し込みをお断りしている。多いのは新聞社であるが今回のテレビは珍しい。公立高校の時代はそれは「メディアへの露出」は多かった。大阪府最初の民間人校長というものもの珍しさもあって取材申し込みが多かったのである。

・ 又講演会や論文寄稿なども多く、大体全てを受け入れてきた。それは企業人から教育界に転じた「私の責任」と考えていたからである。一般の社会人が教育界の中身について素直に感じ考えたことを報告するのは税金で俸給を頂く教育公務員になった私の義務だと考えたのである。

・ しかし私立高校は民間企業である。確かに補助金を戴き、公益法人ではあるが自主独立の私立学校である。又私立学校連合会の役員でもない。そのような私がしゃしゃり出る必要は無い。

・ ただ公立、私立激しい生徒獲得競争と言えば大げさであるが学校の特色を競っている時代である。一私立学校といえどもトップが奥に引っ込んでいては本校をめざしている生徒や保護者の信頼は得られないと考え本校ホームページで理事長・校長の言葉で「本校の教育の目的」や「思い・考え方」などをブログと言う形で発信している。

・ 学校を開放し正直に全てを明らかにして「透明性」を高めて居るつもりだ。友人から「お前のブログは長いわ」と良く言われるが長いのは「誤解を避けるため」である。私は5行や10行程度のブログ文章などで済ます気にはならない。

・ この学校を率いている理事長・校長の考えであるから、頻度についても1週間に一回などでは「お茶を濁す」ことと思っているからほぼ毎日アップしている。それくらい言いたいことがあると言うことである。

・ ブログは他人の言葉で書いてはいけない。自分の選んだ言葉、言い回しで書けばこそ書いたことに責任が持てるし相手に伝わるものだ。日本は「言霊の国」といわれ言葉は命を有する。その人の発する言葉を聴くだけでその人が分かるものだ。即ち理解できるのである。

・ 私は現在約130名もの教職員と共に働いているが一人ひとり使う言葉が異なる。遣い語彙も違う。見ていて面白いくらいに差がある。これが人間なのである。例えば2000字の小論文を書いてもらうと全人間性がそこには現れる。それくらい言葉と言うのは大切なものである。

・ 当然 生徒向け、保護者向け、教職員向け、管理職向け,理事者や評議員向け選択する語彙や言い回しは異なる。当然である。ブログも書くときに頭にあるのは「これは誰向けか」を意識して書いている。そうでなければ文章の意味はない。

・ 今朝の新聞で産経と大阪日日だけが記事にしていたが民主党の野田新内閣について石原都知事がコメントを出している。私は昨日のブログで野田新総理について次のように書いた。“野田新政権は「日米同盟が基軸」と明確に述べている。私は彼の「どじょう」発言などから些かの保守性を感じる。案外「したたか」である。最近の総理に比べて「放つ言葉」が面白い。前に進むかも知れない期待を抱かせる。”
・ 鳩山さんや菅さんに比べて野田さんの選択する言葉が面白いのである。この二人は全く言葉と言うものに無神経であり無頓着であった。当に「坊ちゃんと市民活動家」を感じさせる程度の言葉の選択と打ち出しタイミングであった。どうしようもなかった。

・ 石原慎太郎都知事は見事にこのことを言っているのである。好きな都知事だけに私は嬉しくなった。石原さんはどのように野田さんを言っているか。「野田君は自分の言葉を持っている。これは大事なことだ。松下政経塾出身の政治家は話に内容が無くて嫌い」。
・ この嫌いと端的にいうところが私は好きだ。橋下知事も”クソ教育委員会“などと自分の言葉を持っている。石原さんも橋下さんも言葉の勢いと大切さを知っておられる。この二人のリーダーに共通した部分である。

・ 石原知事は続けて「最近の作家も自分の言葉で書かず薄っぺらだが、野田君は身も心もこもった言葉を使う。後はやってみないと分からない。運動選手と同じで走ると思った人間が走れなかったりするから」と述べたという。政治家は運動選手だという。面白い表現だ。

・ 余談になるが管前総理が辞める前日に朝鮮学校の高校無償化適用の審査手続き再開を文部科学大臣に指示した問題に触れて以下のように言い放ったという。「絶対に許せない。北朝鮮は質的に何も変っていない。管というのはどこの人間かと思う。あんな怪しい政治家が総理大臣になったことは驚きで言語道断だ。」と非難したとの記事であった。

・ 私が本や新聞を「舐めるように読む」のは言葉と表現方法について大いなる興味・関心が背景にあるのかも知れない。読むことで私の「滋養」になっているのだろう。読むことは他人を知ることでもある。

・ そして身に付いた言葉や言い回しは私の分身となる。素直に正直に全てをブログに書いている。もう隠しようがないところまで書いている。メディアの方々も是非私のブログを読んで頂ければ最早取材の必要は無いと思う。