2011年9月16日金曜日

23年9月16日(金)茶道部の創設











・ 「学校茶道」とは茶道を学ぶクラブ活動の一つである。お茶室「洗心亭」は木村個人のお茶室ではない。あくまで浪速高校の茶道部があってはじめて意味あるものであり、その為にはまず「茶道部」を作らねばならない。

・ 私はとにかく女生徒が集まる私立高校を目指した。共学にして6年目、如何にして女生徒に入学して貰うか、私の頭には常にこのテーマがまとわり付いていた。今は33%程度の比率でありもっと増やさねばならない。

・ 学校は女生徒の存在で活性化するし、今や「女子力」は一般社会のみならず学校内部においても期待は大きい。女生徒に入学して貰う具体策の一つとして彼女たちが活躍できるクラブを作り、あるいはそれらを強化することだと考えた。

・ 着任後まず最初に私がやった工事は女生徒人気が底堅い硬式テニス、ソフトテニスを強化するために「人工芝のコートを3面」作った。入試説明会の会場に向かう途中の、目に触れる格好の場所にあっただけにこの人工芝3面のコートは浪速の未来を予測する感じで大成功であったと考えている。

・ その後「特別強化クラブ」として「吹奏楽部」「雅楽部」「弓道部」と次々と特別に資金を投入して活動を支援していった。吹奏楽部で言えば楽器がなければ腕は上がらない。4年間で都合1200万円以上の楽器を新たに購入した。

・ 浪速武道館の玄武館と名付けた弓道場は最大の投資であったが今年の中学生の高校クラブ体験入学では圧倒的人気のクラブとなってきた。来年は女生徒の声が大きくこだまする弓道部になっているだろう。男女100人近い大クラブになること間違いなしだ。

・ そして「満を持しての茶道部」であった。私自身が茶道が好きと言うこともあったが着任以来茶道部を作る決意は高かった。従って浪速新武道館の最良の位置にお茶室を持って来たのである。「拘りのお茶室」と良く言われるが、設計は正直言って木村個人の趣味の範囲の様相がしないでもない。それでも良い。施主は私だ。

・ しかし問題は生徒が本当に茶道クラブに入ってくれるかということである。幾らお茶室を作っても今日的若者が果たして茶道と言うクラブに関心、興味を有してくれるかと正直内心では不安であった。従って当初は南坊城職務代理やご指導を頂く玉永先生にも「最初は人数は少ないかも知れませんが徐々に・・・」と言い訳がましい話をしていたのである。


・ もう一つの大きな問題は学校のクラブには必ず「顧問の先生」を配置しなければならない憲法みたいなものがあって、これは絶対に外せないことである。私は教職員の中で「茶道の心得」のある教員を探したが結局誰も居なかった。

・ このことだけを見ても「茶道というものの抱える課題」がある。これからの「茶道人口」を増やすにはまず「学校茶道」に着目すべきであり、そういう観点からすれば各流派もおのずと戦略が見えてくると私は思う。

・ とにかく私が次にとった手は「顧問になる先生を見つけ出し、にわか特訓する」ことであった。女性専任教職員を見渡し、まず国語科のY教諭を指名し道明寺天満宮のお稽古に参加させて頂くことにしたのである。

・ 平成22年4月から平成23年の3月まで1年間にわたってY先生は道明寺に通って基礎の勉強をしてくれた。好きなバスケットボール部の顧問を一時休止してのお稽古だった。ご社中の皆様に大変良くして頂き、「めきめき」と腕を上げてくれた。

・ しかし顧問の先生は公務や病気など考えれば最低限でも二人は必要である。後の一人が決まらなかったが、結局採用して間もないこれも国語科の常勤講師のT先生が「茶道部に当てはまる」と直感し、この先生を新たな顧問にすべく特訓を受けて貰うことにした。

・ 丁度この頃河内長野市の玉永先生が本校茶道部の外部指導者と決まったので今度は玉永ご社中に通ってお稽古をつけてもらうことにしたのである。T先生は平成22年の4月から23年の3月一杯まで河内長野市の玉永先生のご自宅に通って学んでくれた。

・ T先生は教科指導や多聞尚学館の指導など大変意忙しい中を頑張ってくれ、教師としての経験、資質、お人柄も素晴らしい。お年もそれ相応であり、私は年の明けた平成23年1月にそれまでの常勤講師から「専任教諭」として正式に本校の正職員として採用した。

・ この二人の先生の顧問への特訓については南坊城ご社中と玉永ご社中の温かいご理解とご支援があってここまで来ることが出来た。私は両先生のお稽古場に赴いて教諭への指導を心からお願いしたのである。4月南坊城家お稽古場と11月玉永家のお稽古場にて頂いた「一服の抹茶のおいしさ」は忘れられない。

・ 私は両先生に心から感謝している。茶道のことなど何も分からない若い学校の先生に「茶道のいろはを有期限で教えて頂いた」のである。又同時に頑張った二人の教員の努力を私は多としている。二人も「お茶を習って大変良かった」と言ってくれているのが嬉しい。

・ 私は人選の間違いが無かったことを自慢したい。しかしまだまだ顧問の先生は必要で後2名程度は養成しておかねばならない。「お茶室披き」が終わって一段落したら新たな人選に入ることと致したい。

・ 平成22年11月1日、お茶室完成まで5ヶ月となって「茶道部員募集活動」に入った。二人の顧問が部員募集のビラを作成して生徒に配布したのである。もっともそれまでの一斉参拝や朝礼などでは校長から「茶道部を作る」との話をしていたのであるが、何名の生徒が入部してくれるかこの段階でも不安であった。

・ 私が取った行動は初めての茶道部であり入部してくれたら「お道具をプレゼントする」と「誘い水作戦」を取ったことである。お道具と言っても袱紗,懐紙、扇子と袱紗入れの当に簡便なものであったがこれは効を奏した。

・ この方法について色々なご意見もあろうが、これは形を変えた「教育費」であり、「学校の懐の大きさ」を示すと思っている。吹奏楽部や雅楽部には高価な楽器を与え、茶道部には無いと言うのはおかしい、金額も微々たるものである。

・ 平成23年2月7日(月)「お稽古道具授与式」を行って一人ひとりに手渡した。袱紗入れは一人ひとり希望を聞いて色が異なる。そして4月11日(月)玉永先生がご来校され記念すべき第一回目のお稽古が始まった。初めてのお菓子は春爛漫桜全開の「吉野山」であった。

・ その後以降月2回のペースで順調にお稽古は進められている。私の心配は杞憂に終わった。続々と女生徒が入部してくれ、現在49名の部員数を誇る。それも名前だけではなくて実際に活動している部員だからすごい。今50名の部員数を数える学校茶道部もあるまい。

・ 来週は「本校の目玉行事である浪速祭」が催される。茶道部の部員たちはお客様をお迎えすると言って「盆手前」のお稽古に余念が無い。玉永先生からは「半年で大変腕を上げている」とお褒めを頂いているのである。

・ 結局茶道の奥深い味わいが高校生にも分かると言うことだろう。混迷する時代であるが故に茶道の持つ「和敬清寂」の精神性が本校の生徒に受け入れられたと言うことだと思っている。これも私は本校教育の一環だと思っている。

・ 望むらくは男子生徒が欲しい。現在たった二人である。吹奏楽部も雅楽部もこのようにして強化してきたがやはり女生徒のクラブになってしまった。校長の方針が行き過ぎてしまったのである。暫くは仕方がないと諦めているのである。