2011年5月28日土曜日

23年5月28日(土)明日の授業参観は中止

















・ 悩んだが明日予定している多聞尚学館での中学1年生「保護者授業参観は中止」とした。朝一番に中学教頭先生と統括学年主任の先生に来てもらって相談した。難しい判断であったが最後は私が決めた。「危険を予知」して取り止めたのである。
・ 万が一台風の風雨で大変なことになった場合私が「想定外」などと言って正当化できないからだ。昨年初めて大変保護者や教職員からも好評な企画だったが、「チャンスはまだある」。焦る必要は全くない。

・ 元々入学して間もないこの時期にしたのは「早い段階で本校の教育」を観察して欲しかったからである。私立中学の中で浪速中学を選択してくれた保護者のお気持ちに応える解答がこの「多聞での宿泊学習授業」だった。


・ 但し生徒は予定通り本日午後多聞に大型バスで向かい明日は天気の様子を見て柔軟に対応させる。朝一番に帰っても良いし午前一杯は授業をしても良い。天気次第でどうにでもなる。ただ昼食を済ませたら午後の授業は中止して学校に戻って来させることにした。
・ 保護者の場合、千早赤阪村にある多聞尚学館は標高700メートル近いところにあるので周辺は狭い道で勾配もかなりきつい。運動場を駐車場にしているがここから校舎までがまたきつい坂道である。マイカー以外の保護者のためにマイクロバス2台を用意してるが降りてから校舎に着くまでに脚と靴は「ビショビショ」になるだろう。
・ それに台風の来ている中をお家を空けると言うわけにも行かないだろうと私は考えたのである。結論が出れば後の行動は教職員がすばやく行う。まず保護者用のバスのキャンセル、問題は明日の生徒・保護者・教職員合同のバイキング昼食のキャンセルである。
・ これは給食会社さんが上手く対応してくれそうで安心した。冷凍食品が多いので次回に回せば良いからと言ってくれたそうだ。明日の帰りの生徒のバスは「待機」と契約を変えた。こうすれば何時でも下山できる。料金の上乗せがあるがこれは仕方がない。
・ 後は個別のご家庭に電話して「中止」の旨連絡を入れるだけでこれもうまくいった。生徒は連れて行って徹底的に勉強させる、生徒はそのような支度をしてきており「やる気満々」であった。
・ 本日は5月の中学朝礼であった。私は多聞での授業参観の中止を伝達し、「学年単位にそれぞれの注意事項」を申し述べたが、何時も感じるのは中学生と高校生の違いである。全然異なる。中学は本当に幼く見える。それが高校生になると「豹変」するくらい変わってくる。本当に中学3年生と高校一年生では年の差、1歳以上の違いを感じるのである。
・ 昨年から中学生は「ウィークデイ」で多聞での集中講義をやるようになった。ウィークデイというのは多聞が「週末スペシャル」でほぼ高校生の利用で100%埋まっているから中学生にまで回って来ないからである。
・ そして昨年から「高校からエース級の教師を中学1年生の関大コース長に当てはめた」のだがその効果が早速現れてきた感じだ。この先生は仕事は出来る。「5月の外部模試の結果」でも成績を上げてくれた。
・ ただ英語と数学は良いが国語に課題が残る。一年に投入した国語の先生が今後、知恵と工夫で何とかしてくれるだろう。とにかく「今の子どもは国語力が弱い」。国語は幼い時からの積み重ねであるだけに心配なのである。
・ 今日的生徒は本を読まない、作文をしないと良く言われているが全くその通りで高校生でも書いた文章のお粗末さに驚くことがある。私は今「本校の歴史」と称して大正12年創立時代からの歴史を振り返っているが「昔の教育の中身」に驚いている。
・ 旧制浪速中学校の教育課程の概括は以下のようなものだった。明治19年の中学校令は明確に「授業内容を規定」しており1931年までは旧制中学1年から3年までは国語、漢文、外国語(英語、ドイツ語、フランス語)で全時間の半数を占め、他に歴史、地理、数学、博物(動植鉱物)修身、図画、唱歌、体操があり4年から5年で物理、化学、法則、経済が加わり、図画唱歌の代わりに数学の比重が高かった。
・ 特に本校では「ドイツ語教育」が有名であったと記録にある。「浪中名物」とまで言われたそうである。第一次世界大戦前で日独協定時代のこともあり、日独親善のためドイツ語教育で覇を競っていたのであろうか。
・ 尋常小学校が6年で義務教育だったが年齢は今の小学校と全く同じだ。従って旧制中学は1年から3年というのは今の中学校の年代である。この時に今日は「国語、漢文、外国語が全授業の半分」だったというのだからこれはすごい。
・ 12歳からドイツ語だ。しかし私が驚くのは国語漢文に力を入れていることである。これが素晴らしい。旧制中学は5年生で後期の4年生と5年生は今の高校1年と2年生になる。ここで専門的な科目が多くなってくる。
・ 結局旧制中学校は今でいうところの「5年生の中高一貫教育」だったのである。ここがポイントである。旧制中学から当時は旧制中学4年終了後は旧制高等学校、大学予科、大学専門部、高等師範学校、旧制専門学校、陸軍士官学校、海軍兵学校に進学することが可能であった。
・ 旧制中学からの次の進路は「変化球」が多く複線であったのである。今のように「硬直化」していないところが素晴らしい。それだけに私は今の浪速中学の生徒には「旧制中学の指導の仕方」に近づけて欲しいのである。
・ さすれば高校3年生の1年間は昔で言うところの「大学予備門」と位置づけられる筈だ。高校3年生は5年間の復習と演習問題ばかりの予備校として良い。勿論全てにクラスに適用することは無理だしその必要もない。
・ しかし関大コースだけは出来るはずである。是非私はそのように仕向けて行きたい。そのための関大コース長であり、関大コースのクラス担任であることを忘れてはならない。関大コースが4年後どのような進学実績を出すかが本校の未来を決める。
・ 校舎は「ピカピカ」でも大学進学実績が「ヘナヘナ」では駄目だ。関大コースはもっともっと生徒を鞭を使って鍛えねばならない。必ず「特進との入れ替え」は行う。その時には一部の保護者とはもめる可能性はあるがそれは「入学時の約束ごと」だから仕方がない。私はご理解して貰う積りである。















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