2011年5月17日火曜日
23年5月17日(火)「君が代条例化」
・ この2ないし3日各新聞の扱いで大きな記事は「国旗国歌」問題である。私自身はこの問題ではこのブログでも何十回となく論評してきており、正直言って今は若干「辟易(へきえき)」しているので、この際無視しようと思ったがやはり気になる。だから触れることにした。
・ この国旗国歌問題は私にとって完全な「トラウマ」になっているのかも知れない。とにかく今から9年前大阪府初めての民間人校長として府立高校に着任したのは良いが、着任したその日から組合分会の役員が校長室に押しかけて来て1週間後に控えている入学式において国旗掲揚国歌斉唱を校長はどのように考えているのかと団体で聞いて来たのだ。
・ 今でもその時の光景ははっきりと覚えている。事前の府教委の指導通りに答えたが、「これが教育現場の実体か」と驚いたものだった。どう表現して良いのか、とにかく「普通ではない」ことは確かだった。異常というより摩訶不思議な現象で8人くらい来た教員が全員真面目な、真剣な顔をして訴えかけて来る物だから笑うに笑えず確かに困った。
・ 今朝の記事内容は、卒業式や入学式において君が代斉唱時に教員が起立しないことに対して橋下知事率いる「大阪維新の会」所属の府議会議員が「条例化」して縛りを入れようとする動きについての記事である。
・ 君が代斉唱時に「教員の起立を法的に義務つける全国初の条例化」の動きであるから確かに記事の扱いは大きくなろうが内容自体はそれほど目新しくはない。数年前から条例化の話はあったが「そこまでしなくとも」と頓挫してきた話なのである。
・ 民主党政権になって「大切にされてこなくなった国旗国歌問題」が民主党の崩落とあいまってまたぞろ「国旗国歌問題が水面上に突然浮上」した感じはあるが、動きの中心にあるのが橋下知事と維新の会というのが面白い。
・ 永い間自民党が最大勢力であった府議会ではこの問題を何時も議論しては来たが結局、自民党は自民党らしく最後にはお茶を濁してお仕舞いにしてきた経緯がある。条例化や強い指導などできなかったのである。それを今回維新の会がさも簡単に法制化しようとするところがポイントである。
・ 維新の会の幹部は殆どすべて旧自民党の府議である。「公立学校の校舎には国旗を翻しましょう」と言ってもそれさえ出来ずに来たのが政党が変わって直ぐ法律でやるというところに「何かを感じる」のは私だけではなかろう。
・ 朝日はこの辺のところを匂わした記事にしていたが、幾分当たっているのではないか。「大阪都構想」でこの秋、勝負をかけようとしている維新の会は「保守層の取り込み」を図っているのではないかとも考えられる。
・ 民主党の期待はずれと自民党の体たらくから幅広く府民の支持を集めたい維新の会は「新保守」を標榜するのではないか。その旗印が今回の問題だと私は考えるが、窺い過ぎ?。これで維新の会のウイングは広がった。
・ 最も府教委が指示など幾ら出しても「校舎に国旗一つ」立てられなかったように具体的な教育現場で最後の勝負に勝つためには「強制力を持たせる」ことは分からないではない。しかし公立学校の教員とは不思議な存在だ。国民の大多数が賛成している国旗国歌を否定してその国民が払っている税金で禄を食んでいる身分なのにと思う。
・ 私立高校である本校では何でもやっている。卒業式に壇上正面に国旗を掲揚し、国歌は式次第に入れて斉唱する。勿論参列している教職員全ては「起立」である。国旗は何時も校舎の最も高いところに掲揚している。
・ 要は何でもやっている。しかも私立高校をこの点で支配する法律などは何処にもないが当然の事として何でもやっているのだ。この4年間議論さえなかった。同じ学校でどこが私立と公立と違うのかと言いたい。
・ 5月7日の新聞各紙において一斉に報道していたが大阪府立高校の教員2名がこの問題で校長の職務命令に従わなかったとして府教委から処分されている。おそらくこの記事が導火線になったのかどうかは分からないが維新の会の動きになんらかの影響があったことだけは間違いない。・ とにかく大阪は今朝の朝日新聞の記事にあるように「大阪は教職員組合の力が強かったこともあり、日の丸・君が代への抵抗は大きかった」。今でも少なくなったとはいえ、大きな勢力が残存していることも事実である。
・ 記事はこれらの動きに対して「立たない教員辞めさせる」「立たぬなら府民への挑戦」とかと橋下知事への個人攻撃の様相にすり替えているが基本問題はこのような教員が府立高校、小中学校の教員にはまだ多くいるということなのである。
・ 特に府立高校は大分改善されたとは思うが義務教育各校での実態は相当酷い状態と思わないといけない。まず第一国歌など義務教育では教えて来ないから高校では本当に困っている。歌詞さえ知らないのだからどうしようもない。
・ どの国でも国歌だけは誰でも歌うし国旗には敬意を表する。それが国民の常識というものだ。ところが日本では肝心の学校の先生が朝日新聞と同じように国旗を日の丸と表現し、国歌を君が代と評したりする国である。
・ 「国旗国歌が正しい言い方であるし法的に定められたもの」だ。又2002年4月には大阪府教委は教員の起立を文書で指示したはずなのにこれも有名無実で守られていない。ようやくここ数年「処分」がなされるようになったが、これでも駄目だから条例というのだろうが、私に言わせれば「対応が甘い」のではないかと思う。
・ 現実に守っていない教員は処分すれば済む話だし、その処分の根拠も明白ではないか。何ゆえ条例化しようとするのかまだストンと来ない。まあ公立学校の事だからどうでも良いが本校で起立しなかったら私は「就業規則」を根拠に直ぐ処分する。
・ それもかなり厳しい処分とする。本校は私が今ブログ「本校の歴史」で書いているように「敬神崇祖と浄明正直という神社神道の根本義を創立の精神」にした私立学校である。伊勢神宮の天照大神様と府内神社全てのお社の八百万の神々をお祭りする学院神社のある「国学の学校」である。
・ その精神を入学してきた生徒に教えるために「神道科の授業がある学校」だ。御皇室の弥栄をご祈念申し上げ,国民の幸福と世界の平和を希求し、古事記日本書紀以来の日本文化を尊重し日本人の精神を常に忘れないことを誇りにしてきた学校」である。
・ 最も大切な旗は国旗であり二番目が校旗である。最も大切な歌が国歌であり二番目に大切な歌は校歌である。これらに敬意を払えないような教員は橋下知事ではないが即刻辞めて貰う積りだ。条例もくそもない。即刻解雇である。公立はまだまだ甘い。
・ 私がこの問題でここまできつく言及するのは国旗国歌反対という連中の中には「何でも反対の輩」だからである。校長方針を認めず校長を敵対する存在として観て、職員会議を我が物として操り、生徒の為と言いながら実はしんどいことはいやだと自分のためしか考えない連中だということを私は知っているからである。
・ 勿論中には立派な先生も居るが多くは全く教条的な発想しか出来ず、凝り固まった考えしか出来ない連中だ。そのくせ案外と勉強はしていないから底が浅いのである。だから一人や二人起立しなったのだから「笑って済ます」訳には行かないのである。
・ すぐこの疫病神のウイルスは善良な無色透明の他の先生方に伝播していく。一般の教員は純粋培養で育ってきているから外部のウイルスには弱い。すぐ感染してしまう。蟻の小さい穴から土台が崩れて行くことわざもある。だからこの国旗国歌問題は簡単に笑って済ませる話ではないのである。


