2011年5月13日金曜日
23年5月12日(木)昨日の歓送迎会の余韻
・ 朝会で昨日の費用明細が報告された。実際はすでに支払われているものである。総額でXXX万円となったそうだ。まああんなものだろう。盛り上がって大変良かったと思う。準備に当たった事務のYさんは大変だったと思う。ご苦労様でした。
・ 来年はボツボツ別の会場はないのかと私は言った。もう手狭であるし中華料理も飽き飽きしてきていないか。イタリアンとかフレンチとか趣向を変えて「バイキング形式」にするとかも案外面白いかも知れない。
・ 私はいささか疲れ気味であったが今朝も早く学校に来て新聞各紙に目を通した。教員の中には部屋に来て「お礼言上」をするものがいたが、こういう場合は不要である。固定化されたこれはすでに定例の行事みたいなものだから本校教職員であれば全員が出席できるのであって個別の饗宴ではないからお礼言上など不要だ。
・ 朝早く昨日送別した前事務長からもお礼の電話があった。私は「抑えて、抑えて」と言ったのである。「仕事人間」だからすぐ仕事をしたがるが浪速で働いていたようにはいかない。郷に入り郷に従いながら「時に寸鉄で刺すように仕事をする」ようにとも言ったのである。まあしかし言うことは聞かないだろうな。仕事人間の宿命みたいなものだから。
・ 4月から本校に来て頂いているある女性の常勤講師の先生が部屋に来られた ので私は問いかけた。「どうですか、浪速は楽しいですか」と。そしたら返ってきた言葉が「どうしようもないくらいに楽しい。こんなことで良いのでしょうか」であった。お能の面みたいなお顔をされている美人であるが、この人の会話は面白い。
・ そうこうしていたらメールが来た。中々内容が私を嬉しがらせるものだったからそのまま添付しよう。
“おはようございます。
どうしても一言お礼を述べたくてメールさせていただきました。
昨日は盛大かつ楽しい歓送迎会の場を設けていただき、ありがとうございました。
メインテーブルに座らせていただき緊張しましたが、宴席でのマナーなどを学ばせていただくことが出来ました。日頃はなかなかお話しする機会のない理事の方々とも接することができ、とても有意義な時間を過ごさせていただきました。あれほどの人数がビシッと定刻にそろうことが、今の浪速を象徴していると思います。
校長先生が本校に来られてから、改革によって得たものは本当に多いと思います。校内の設備整備、多聞尚学館、ふくろうスタジアム、新武道館・・・しかし、「目に見える変化」はもちろんのこと「目には見えない教員の意識と質の変化」が、私個人の意見としては最も大きなことだと感じています。
今の浪速なら、教員同士が互いに切磋琢磨し、素晴らしい教師集団に育っていくことが出来ると確信しています。
いつも私が校長先生とお話させていただくときには、家族の様子や体調までお声かけいただいてます。 どれくらい先を、どれほどの広い視野で見ておられるのだろうと、いつも感嘆いたします。 どうかこれからも私たちの先頭に立ち、御指導いただきたいと思います。
微力ではありますが、浪速学院の発展のため頑張っていきます。 “
・ 昨日のブログに書いたがこういう定例の宴席は「職員会議みたいなもの」だ。「出ることが義務」と考えたら良い。ただで食べて飲めてお土産まで付くのだから行ったら良いではないか。難しく考える必要はない。余程の事情があれば別だが。
・ 理事長職務代理は出席する人間の多さに加えて昨日の献杯の御挨拶では「服装」にも言及されていた。「教職員の服装が立派」だと言われるのである。確かに皆さん「決めておられた」と思う。
・ 古い言葉だが「TPO」と言うものがある。まさか「ジャージー」を来て晴れの宴席には出ないだろう。それだけの話で難しい話ではない。男性で言えば黒っぽいスーツにネクタイと決まっている。日本人の文化である。「ハレの日」に見に付けるものは昔からそうだ。
・ 「時間厳守」はこれとても当然の話で「主催者の挨拶を聞く」ことが重要である。当たり前だろう。ホストの冒頭の挨拶を聞かずして「大きな顔をして」遅れて席に着くなどトンでもない話である。法人のサービスの対価が遅れずに来て話を聞くことだと考えよ。
・ 一時期閣議の前に総理大臣が部屋に入って来るのを閣僚が椅子に座ったまま迎える光景がテレビで写しだされ「組織として見苦しい」との批判が出て、閣僚は立ち上がって総理を迎えるように官房長官通達があり、大きく改善されたがそれと同じようなものだ。
・ 確かに教職員は忙しいから何があるかも知れず、会合に遅れることはままある。その場合も一言連絡あれば済む話である。しかし遅れる人間は大体決まっている。忙しいから遅れるのではなくてそういう「遅れてはならないとする意識を持っていない」のである。
・ 先のメールが嬉しいと書いたのはこれを書いて送ってくれた先生が私のこのような「ソフトウエア」を評価してくれていることである。教育設備はお金さえあれば出来る話だが人間の行動の矯正はそう簡単な話ではない。
・ この先生は「目に見えぬ教員の意識と質の変化」と表現してくれている。まさにこの通りであるし私が目指しているはこのことである。従って管理職朝会で何時も話題になるのが「最近の教員の質の向上」なのである。
・ 本当に「本校は素晴らしい人材集団」に育ちつつある。このことだけは間違いない。それだけに「ちょっとした違いが目に付く」のである。組織のトップや管理職は何の仕事をする人かと問われれば、答えは簡単、「人を育てること」です。
・ しかし民間企業に比べて学校社会の人材育成は難しい。簡単ではない。だから学校の管理職は疲弊するのである。学校の教師となると唯我独尊の典型的な人々ばかりだから自信過剰の塊みたいな人間で、そういう人に「服装はこうあるべき、宴席のマナーはこうあるべき」と説くことは相当しんどい仕事なのである。
・ だから中には「あるがまま」にしてしんどい仕事から逃げようとする管理職が出てもおかしくはない。しかしそういう校長を宛がわれた教職員は可愛そうである。少なくとも「自分の未熟さを教えてくれる人」が周辺にいなくなったら人間はそれでお仕舞いだよと私は言いたいのである。