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| 浪速名物とまで言われたドイツ語科目でこれを狙って生徒が入ってきたと言う。 写真は昭和2年の上宮中学との合同研修会 |
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| ドイツ国領事をお迎えしての研修会 |
・ 歴史その8、その9において旧制中学と旧制中等学校の違いとその歴史的経緯について様々な視点で記してきた。旧制浪速中学校は「旧制中学校」であることを確認した。旧制中学は中等学校と違いその教育の中身は「普通科の学校」で実業教育を主体とするものではなかった。
・ 歴史その8、その9において旧制中学と旧制中等学校の違いとその歴史的経緯について様々な視点で記してきた。旧制浪速中学校は「旧制中学校」であることを確認した。旧制中学は中等学校と違いその教育の中身は「普通科の学校」で実業教育を主体とするものではなかった。
・ 旧制中学はまず明治の一時期「尋常中学校」と称されその後明治19年中学校令でもって「中学校」となった。従って沿革に尋常中学校から始まっている学校は歴史のある学校である。大阪府立で言えば現在の府立北野高校に見ることが出来る。
・ 北野は「大阪府第一尋常中学校」を始まりとしその後「北野中学校」そして戦後「北野高校」と変遷した。旧制中学校は含めて第二次世界大戦終結後の占領統治下における民主化政策によって定められた1948年の「学校教育法」の下で新制の高等学校へと転換されたのである。
・ 現在の新制浪速高等学校の誕生である。この時に多くの公立学校は共学化された。「高等女学校との合併」である。しかし私学の大半は「男子校」のまま残った。本校も戦後60年間男子校として存在し共学になったのは実に平成17年のことであった。
・ 話を旧制中学に戻そう。明治19年の中学校令は明確に「授業内容を規定」しており1931年までは旧制中学1年から3年までは国語、漢文、外国語(英語、ドイツ語、フランス語)で全時間の半数を占め、他に歴史、地理、数学、博物(動植鉱物)修身、図画、唱歌、体操があり4年から5年で物理、化学、法則、経済が加わり、図画唱歌の代わりに数学の比重が高かった。
・ 特に本校では「ドイツ語教育」が有名であったと記録にある。「浪中名物」とまで言われたそうである。第一次世界大戦前で日独協定時代のこともあり、日独親善のためドイツ語教育で覇を競っていたのであろうか。
・ 昭和2年頃から19年ごろまであったと言う。上宮中学にも有り浪中、上宮中の合同研修会が上宮中学であった時の写真が残っている。日本とドイツナチスの国旗を掲げドイツ総領事も出席している。
・ 本校にも総領事が来られドイツの男女学制が大勢来て講堂で交歓会を催したとある。わずか13歳や14歳でドイツ語の勉強だから立派ではないか。今では大学の教養でしか習わないドイツ語を旧制中学の生徒は学んでいたのである。
・ しかし私が注目するのは上宮中学と合同研修会である。色々と資料を探ってみると当時の旧制中学はお互い学校をオープンにして勉強会を行っているところが素晴らしいと思う。その証明は浪速中学校第一期生の卒業記念帖にある「学年史」からも分かる。
・ 毎年10月には「府下中学校聯合競技会」があり、必ず参加していた。その他実に多く外部の声に耳を傾ける機会を有している。「立派な人の話を聞け」という教育の根本がそこにあると私は考えるのである。
・ 例えば第一期生は5年間の間に実に多くの講演者を学校に招聘してお話をしてもらっている。「嘉納治五郎」先生もあったし「西野田職工学校長豫田氏ノ南洋観察談ヲ聰ク」というのもあった。神社界からも多くの神職の方が講演というか授業をされているのである。
・ 何と素晴らしい教育内容であろうかと私は思う。旧制中学はその後明治32年に中学校令の改正でもって「男子ニ須要ナル高等普通教育ヲ為スヲ以ッテ目的トス」として「エリートの登竜門」としての役割を真正面に出していたのである。
・ 従って旧制中学校の後身となった高等学校は現在の地域の中核校、伝統校として難関・進学校であるとされている場合が多い。しかし入試改革や新たな学校群、総合選抜とかの新しい方法は旧制中学と言えどもそのレベルを簡単に低下せしめた。
・ 一方実業学校の中には戦後進学実績を伸ばし旧制中学に負けない新たな校風を確立し社会の支持を得ている学校もある。府内でもそのような私立高校は多く見られるのである。しかし「出自」は重要なアイテムである。自分ではどうしようもないアイテムであり長い年月を経て今に存在する伝統校というのはそこに関係する人間をして「誇り」を持たせる。
・ 私は今浪速高校浪速中学校の生徒、その保護者、教職員全てに本校の歴史を正しく認識し誇りを持って欲しいと思う。それが21世紀に生きていく力になろうと思う。先人の苦労を思い、働ける場所を作り残してくれた偉大なる諸先輩に感謝しなければならない。
・ ここで記録のために大阪府内の旧制中学校の歴史の変遷を記述しておきたい。「学制と言うのは国策そのもの」であり当初から「公立主体」であったが明治32年(1899年)「私立学校令」が制定され公立私立の区分がなされてきた。
・ しかし特に浪速中学校はこのブログに書いてきたように大阪府との密接な関係を有し支援を受けて誕生した学校である。現下の本校の実力を考えた時に本校の創立に関与された先達の人々は如何に思われるであろうか。
・ それだけに私は私立の旧制中学校が6校、公立の旧制中学校が20校あるがそれらの学校郡の中で本校のポジションを正しく捉え教職員は誇りを持って「学校改革を推進」し生徒の為に不断の努力を期待したいのである。
・ 特に橋下知事の誕生以来大阪府は公立、私立授業料無償化の中で生き残りをかけた市場競争の真っ只中にある。このことが良いか悪いかの議論ではない。明治以来の伝統を有する学校だけにこの勝負に負けて衰退させる訳には行かないのである。現在の教職員が頑張って呉れれば絶対に負ける訳が無い。私は確信している。
私立の旧制中学校
・ 桃山中学校 ⇒ 桃山学院高等学校
・ 上宮中学校 ⇒ 上宮高等学校
・ 浪速中学校 ⇒ 浪速高等学校
・ 大阪偕行社中学校 ⇒ 第二山水中学校 ⇒ 香里高等学校 ⇒ 同志社香里高等学校
・ 高槻中学校 ⇒ 高槻高等学校
・ 日本大学大阪中学校 ⇒ 大阪高等学校
公立の旧制中学校
・ 大阪府第一尋常中学校 ⇒ 大阪府立堂島中学校 ⇒ 大阪府立北野中学校 ⇒ 大阪府立北野高等学校
・ 大阪府第二尋常中学校 ⇒ 大阪府立堺中学校 ⇒ 大阪府立三国丘高等学校
・ 大阪府第三尋常中学校 ⇒ 大阪府立八尾中学校 ⇒ 大阪府立八尾高等学校
・ 大阪府第四尋常中学校 ⇒ 大阪府立茨木中学校 ⇒ 大阪府立三島野高等学校 ⇒ 大阪府立茨木高等学校
・ 大阪府第五尋常中学校 ⇒ 大阪府立天王寺中学校 ⇒ 大阪府立天王寺高等学校
・ 大阪府第六尋常中学校 ⇒ 大阪府立岸和田中学校 ⇒ 大阪府立岸和田高等学校
・ 大阪府立第七中学 大阪府立市岡中学校 ⇒ 大阪府立市岡高等学校
・ 大阪府立第八中学 大阪府立富田林中学校 ⇒ 大阪府立富田林高等学校
・ 大阪府立第九中学 大阪府立四條畷中学校 ⇒ 大阪府立四条畷高等学校 ⇒ 大阪府立四條畷高等学校
・ 大阪府立第十中学 大阪府立今宮中学校 ⇒ 大阪府立今宮高等学校
・ 大阪府立第十一中学 大阪府立高津中学校 ⇒ 大阪府立高津高等学校
・ 大阪府立第十二中学 大阪府立生野中学校 ⇒ 大阪府立生野高等学校
・ 大阪府立第十三中学 大阪府立豊中中学校 ⇒ 大阪府立豊中高等学校
・ 大阪府立第十四中学 大阪府立鳳中学校 ⇒ 大阪府立鳳高等学校
・ 大阪府立第十五中学 大阪府立住吉中学校 ⇒ 大阪府立住吉高等学校
・ 大阪府立第十六中学 大阪府立池田中学校 ⇒ 大阪府立池田高等学校
・ 大阪府立第十七中学 大阪府立布施中学校 ⇒ 大阪府立布施高等学校
・ 大阪市立中学校 ⇒ 大阪市立高等学校
・ 大阪市立汎愛中学校 ⇒ 大阪市立汎愛高等学校 ⇒ 大阪市立東高等学校に一時合併 ⇒ 大阪市立汎愛高等学校として再独立
・ 北野は「大阪府第一尋常中学校」を始まりとしその後「北野中学校」そして戦後「北野高校」と変遷した。旧制中学校は含めて第二次世界大戦終結後の占領統治下における民主化政策によって定められた1948年の「学校教育法」の下で新制の高等学校へと転換されたのである。
・ 現在の新制浪速高等学校の誕生である。この時に多くの公立学校は共学化された。「高等女学校との合併」である。しかし私学の大半は「男子校」のまま残った。本校も戦後60年間男子校として存在し共学になったのは実に平成17年のことであった。
・ 話を旧制中学に戻そう。明治19年の中学校令は明確に「授業内容を規定」しており1931年までは旧制中学1年から3年までは国語、漢文、外国語(英語、ドイツ語、フランス語)で全時間の半数を占め、他に歴史、地理、数学、博物(動植鉱物)修身、図画、唱歌、体操があり4年から5年で物理、化学、法則、経済が加わり、図画唱歌の代わりに数学の比重が高かった。
・ 特に本校では「ドイツ語教育」が有名であったと記録にある。「浪中名物」とまで言われたそうである。第一次世界大戦前で日独協定時代のこともあり、日独親善のためドイツ語教育で覇を競っていたのであろうか。
・ 昭和2年頃から19年ごろまであったと言う。上宮中学にも有り浪中、上宮中の合同研修会が上宮中学であった時の写真が残っている。日本とドイツナチスの国旗を掲げドイツ総領事も出席している。
・ 本校にも総領事が来られドイツの男女学制が大勢来て講堂で交歓会を催したとある。わずか13歳や14歳でドイツ語の勉強だから立派ではないか。今では大学の教養でしか習わないドイツ語を旧制中学の生徒は学んでいたのである。
・ しかし私が注目するのは上宮中学と合同研修会である。色々と資料を探ってみると当時の旧制中学はお互い学校をオープンにして勉強会を行っているところが素晴らしいと思う。その証明は浪速中学校第一期生の卒業記念帖にある「学年史」からも分かる。
・ 毎年10月には「府下中学校聯合競技会」があり、必ず参加していた。その他実に多く外部の声に耳を傾ける機会を有している。「立派な人の話を聞け」という教育の根本がそこにあると私は考えるのである。
・ 例えば第一期生は5年間の間に実に多くの講演者を学校に招聘してお話をしてもらっている。「嘉納治五郎」先生もあったし「西野田職工学校長豫田氏ノ南洋観察談ヲ聰ク」というのもあった。神社界からも多くの神職の方が講演というか授業をされているのである。
・ 何と素晴らしい教育内容であろうかと私は思う。旧制中学はその後明治32年に中学校令の改正でもって「男子ニ須要ナル高等普通教育ヲ為スヲ以ッテ目的トス」として「エリートの登竜門」としての役割を真正面に出していたのである。
・ 従って旧制中学校の後身となった高等学校は現在の地域の中核校、伝統校として難関・進学校であるとされている場合が多い。しかし入試改革や新たな学校群、総合選抜とかの新しい方法は旧制中学と言えどもそのレベルを簡単に低下せしめた。
・ 一方実業学校の中には戦後進学実績を伸ばし旧制中学に負けない新たな校風を確立し社会の支持を得ている学校もある。府内でもそのような私立高校は多く見られるのである。しかし「出自」は重要なアイテムである。自分ではどうしようもないアイテムであり長い年月を経て今に存在する伝統校というのはそこに関係する人間をして「誇り」を持たせる。
・ 私は今浪速高校浪速中学校の生徒、その保護者、教職員全てに本校の歴史を正しく認識し誇りを持って欲しいと思う。それが21世紀に生きていく力になろうと思う。先人の苦労を思い、働ける場所を作り残してくれた偉大なる諸先輩に感謝しなければならない。
・ ここで記録のために大阪府内の旧制中学校の歴史の変遷を記述しておきたい。「学制と言うのは国策そのもの」であり当初から「公立主体」であったが明治32年(1899年)「私立学校令」が制定され公立私立の区分がなされてきた。
・ しかし特に浪速中学校はこのブログに書いてきたように大阪府との密接な関係を有し支援を受けて誕生した学校である。現下の本校の実力を考えた時に本校の創立に関与された先達の人々は如何に思われるであろうか。
・ それだけに私は私立の旧制中学校が6校、公立の旧制中学校が20校あるがそれらの学校郡の中で本校のポジションを正しく捉え教職員は誇りを持って「学校改革を推進」し生徒の為に不断の努力を期待したいのである。
・ 特に橋下知事の誕生以来大阪府は公立、私立授業料無償化の中で生き残りをかけた市場競争の真っ只中にある。このことが良いか悪いかの議論ではない。明治以来の伝統を有する学校だけにこの勝負に負けて衰退させる訳には行かないのである。現在の教職員が頑張って呉れれば絶対に負ける訳が無い。私は確信している。
私立の旧制中学校
・ 桃山中学校 ⇒ 桃山学院高等学校
・ 上宮中学校 ⇒ 上宮高等学校
・ 浪速中学校 ⇒ 浪速高等学校
・ 大阪偕行社中学校 ⇒ 第二山水中学校 ⇒ 香里高等学校 ⇒ 同志社香里高等学校
・ 高槻中学校 ⇒ 高槻高等学校
・ 日本大学大阪中学校 ⇒ 大阪高等学校
公立の旧制中学校
・ 大阪府第一尋常中学校 ⇒ 大阪府立堂島中学校 ⇒ 大阪府立北野中学校 ⇒ 大阪府立北野高等学校
・ 大阪府第二尋常中学校 ⇒ 大阪府立堺中学校 ⇒ 大阪府立三国丘高等学校
・ 大阪府第三尋常中学校 ⇒ 大阪府立八尾中学校 ⇒ 大阪府立八尾高等学校
・ 大阪府第四尋常中学校 ⇒ 大阪府立茨木中学校 ⇒ 大阪府立三島野高等学校 ⇒ 大阪府立茨木高等学校
・ 大阪府第五尋常中学校 ⇒ 大阪府立天王寺中学校 ⇒ 大阪府立天王寺高等学校
・ 大阪府第六尋常中学校 ⇒ 大阪府立岸和田中学校 ⇒ 大阪府立岸和田高等学校
・ 大阪府立第七中学 大阪府立市岡中学校 ⇒ 大阪府立市岡高等学校
・ 大阪府立第八中学 大阪府立富田林中学校 ⇒ 大阪府立富田林高等学校
・ 大阪府立第九中学 大阪府立四條畷中学校 ⇒ 大阪府立四条畷高等学校 ⇒ 大阪府立四條畷高等学校
・ 大阪府立第十中学 大阪府立今宮中学校 ⇒ 大阪府立今宮高等学校
・ 大阪府立第十一中学 大阪府立高津中学校 ⇒ 大阪府立高津高等学校
・ 大阪府立第十二中学 大阪府立生野中学校 ⇒ 大阪府立生野高等学校
・ 大阪府立第十三中学 大阪府立豊中中学校 ⇒ 大阪府立豊中高等学校
・ 大阪府立第十四中学 大阪府立鳳中学校 ⇒ 大阪府立鳳高等学校
・ 大阪府立第十五中学 大阪府立住吉中学校 ⇒ 大阪府立住吉高等学校
・ 大阪府立第十六中学 大阪府立池田中学校 ⇒ 大阪府立池田高等学校
・ 大阪府立第十七中学 大阪府立布施中学校 ⇒ 大阪府立布施高等学校
・ 大阪市立中学校 ⇒ 大阪市立高等学校
・ 大阪市立汎愛中学校 ⇒ 大阪市立汎愛高等学校 ⇒ 大阪市立東高等学校に一時合併 ⇒ 大阪市立汎愛高等学校として再独立

